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3つの単語 短い話

市場 空き巣 国王

 市場に人が溢れ返る。すれ違うことすらままならない狭い通りを、僕は進んでいく。リンゴ売り、魚の内臓、動物の皮、砂埃が立ち、視界が白黒のノイズに遮られた。小さな竜巻が起こった。小屋の骨組みがぐらついて商店主たちが慌てふためく。人々はみな一様に暗い顔つきで、金銭のやり取りをしている。南国産の甘い果物を受け取った老婆がしばらくの間それをじっと見つめている。頭上でカラスの目が光った。近くにいた色黒の少年があっ、と声を上げた瞬間、カラスが急降下して老婆の手から果物を奪った。くちばしが果物の皮に刺さった時、果汁が老婆の顎に飛び散った。老婆は腰を抜かしてその場に転がった。果物屋の主人は悲しげな顔で肩をすくめる。暑い。最高気温摂氏48℃を記録した、まさにその日の朝、確かに僕はベランダで凍えながらホットミルクを飲んでいたはずだった。家を出て、市場にたどり着くまでの記憶が抜け落ちている。思い出そうとすると頭が痛んだ。僕は市場を北に進む。恋人が空き巣に入られたのだと電話をかけてきたのは、昨日の深夜だった。台風が上陸していたような気もするが、定かではない。電話越しに窓ガラスの揺れる音が聞こえた。「盗まれたのは私の体で、その他は全て無事だったわ。つまり、私の心さえも」恋人は言った。僕はその言葉の意味を未だにはかりかねている。市場を抜けなければ恋人の家にたどり着けないことを、僕は鬱陶しく思っている。気温は数分ごとに1℃ずつ上昇しているのだが、なぜそれがわかるのかというと、州政府が各自治体に設置されたスピーカーからその推移を報告するよう義務付けているからだ。あちこちで悲鳴が聞こえる。女が犯されている。男は背骨を砕かれる。男でも女でもないものは、そもそも処刑されるためこの地域には存在しない。全ては国王の横暴であったが、独裁体制を覆せるほどの軍力を持った組織は先日疫病の流行により全滅してしまった。人々は絶望している。海に囲まれたこの島には閉塞感で満ち溢れていた。島の周囲には海賊がうようよいる。海賊は空腹を抱えた狼のように飢えている。彼らに捕まったら最後、何もかもを奪われてしまう。「心さえもね」恋人が笑った。恋人との性行為の最中、僕は最初から最後まで目を瞑っていた。彼女はそれをいたく悲しんだ。当然のことだと僕は思う。僕が彼女の立場であっても、同じように悲しむだろう。市場に人々は流入し続け、いつまで経っても流出することがない。押し寄せる人波に潰されて、小さな子どもが泣き出した。母親は額の汗を拭いながら、子どもの頬を打った。子どもはいつまでも泣きやまない。数種類のスパイスが入った汁を売る屋台は非合法の武器屋としてマフィアたちの間で知られている。店員の目が通りを鋭く睨みつける。あとどれくらい歩けば、僕はこの市場を抜けられるのだろう。恋人は待ちくたびれて、きっと今頃ほかの男と寝ているだろう。その男は屈強な筋肉で彼女の体を支え、目を瞑ることなく彼女のありとあらゆる器官をその目に焼き付けることだろう。そうして男が射精に至った瞬間、僕は市場を抜け出して走り出すのだ。この島国を腐敗させた国王を暗殺するために。