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ランダムワードライティング

3つの単語 短い話

マム、パパ、

 

 

不快、近い 鬱陶しいな 君の距離 眼鏡の上の 極小の蜘蛛

 

 

ロラン・バルト『喪の日記』。最愛の母アンリエットの死に際し、バルトが書き記した喪の作業について。僕は否応なくそれを自分の父に重ね合わせる。父はまだ死んでいない。しかしそれは近い将来の出来事として、宿命付けられている。それが病気というもののもたらす間接的な効用だ。負の効用といってもいい。そもそも病気に正の効用などがあれば、の話だけれど。

 

5月10日

この数夜は、マムが病気で苦しんでいるイマージュ――悪夢をみる。はげしい恐怖。

起こってしまったことへの恐怖に苦しむ。

ウィニコットを参照のこと。起こってしまった崩壊への恐怖。

 

普通、恐怖という感情はこれから起こるであろうことに対して発動する。ただ起こってしまったことに対する恐怖というのは、感覚のディレイだ。逆行でもなく、錯誤でもなく、遅延だ。ウィニコットは次のように言っている。

 

過去に起こったのは現象としての死であるが、確認できるような事実として起こったのではない。自殺によって解決を見つけられないだろうかと考えて人生を送る人は多いが、それは、精神にすでに起こってしまった死を身体にもたらすということなのである。自殺は答えではなく絶望の身ぶりなのである

 

父は末期がんで平均余命が11か月から13か月といわれている。約束されたその時点へ向けて、彼はいま精神と身体をゆっくりと近づけていっている。それは想像を絶する、残酷な作業であるはずだ。もはや人間の域を超えているとすら思う。神や仏のたぐいのような。

 

 

黙ってる 鉛筆にぎる 汗にじむ あのままどこか 逃げたかったのに

 

 

昔のことを思い出す。父との関係性について。10代の頃、大喧嘩をして1か月近く口をきかなかった期間があった。それ以降の僕に対する父の態度は決定的に変わってしまったのだと、最近になって感じる。あれは親子としての関係性を無理矢理に引き剥がして、他人のそれへと放擲する禁断の行為だった。父は死にかけている。もちろん、僕だって死にかけている。しかしそれらは同等の意味をなさない。科学技術の発展がもたらした故の、喪の前段階に父はいる。

 

 

やだやだやだ やだやだやだやだ やだやだやだ やだやだやだやだ 子どももおとなも

 

 

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