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3つの単語 短い話

坂口恭平がドゥルーズになった。かつて俺はニーチェだった。

 坂口恭平ドゥルーズになった。かつて俺はニーチェだった。これはかつてニーチェだった俺による、ツァラトゥストラ・エピソード・ゼロだ。体内が66%の水分で満たされていく間、山から下りて没落する以前のツァラトゥストラはこう言った。「まだ私はこのように言わない」。朝早く起きると、彼は山の上にいた。ニーチェだった俺が作り出した彼は、山の上で頭上すれすれをジャンボジェット機が通過していくのを見た。ドゥルーズになった坂口恭平は山肌を駆け回るトカゲとして前世までさかのぼった。昼が来て、夜が来る。強烈な夕日は彼の瞳に焼き付いてその後死ぬまで剥がれなかった。「私は知っている」とツァラトゥストラは言った。「なにを?」ドゥルーズになった坂口恭平が尋ねた。「私は予言者ではない。だから、予め言わない」これは嘘だ。ハッタリだ。まやかしだ。それにもかかわらずニーチェだった俺はそれを書き続ける。言語としてではなく、旋律として。ドゥルーズになった坂口恭平はそれを暴き続ける。これは音楽だ。ドゥルーズになった坂口恭平がギターを弾いて、ニーチェだった俺はツァラトゥストラの鼓膜を通じてそれを聴いている。6弦が切れた。6弦が切れることなど滅多にないが、それでも2弦が切れるよりは幾分マシかもしれない。CとDがあり、EがなくてFもなくてGもない、しかしAもBもある。「それで十分じゃないか。それ以上なにがいる?」ドゥルーズになった坂口恭平は弾き続けた。それは未だかつて誰も聴いたことのない、新しい音楽の体細胞を生み出した。彼らは山の頂上で朝日を迎え、夜を恐れ、昼に焼かれた。それを1年で延べ365回繰り返した。延べ、というくらいだから、同じ日が2度やってくることもあった。そういう時、彼らは災いを恐れて沈黙を選んだ。ニーチェだった俺はそれを文字によってではなく、動作によって表した。動作は筋肉と連動して、汗となり脂となり、そこにハエが寄ってくる。ハエの羽音は音楽だった。ニーチェになった俺はやはりその羽音の音楽を文字に変換することなく、動作によって移し換えた。「音楽のように聴こえるね」ドゥルーズになった坂口恭平は何もかもを見通した目で、千のプラトーを破壊する。ページの1枚1枚を涙で濡らして、文字を読めなくするのだ。それが彼の破壊であり、生きるための唯一の術でもあった。ここは赤土の土地で、山肌は緑に苔むしていた。いつの間にかツァラトゥストラの肌が、没落以前に苔で覆われていた。ニーチェになった俺の爪は赤土の岩だから剥がれやすい。キーボードを叩くたびに崩れ落ちる爪のかすを、山頂を旋廻するハゲタカが抜け目なく狙っていた。やがてハゲタカはニーチェだった俺の、もとい、没落以前のツァラトゥストラの目の玉を鋭いくちばしで貫くだろう。「見えないほうがいい。恐怖を感じなくて済むからね」「見えなくても朝焼けは朝焼けだ。夕焼けは夕焼けだ。それくらいの区別はつく」「好きにすればいい。俺は元々目が見えないんだから、どちらでもいいことだ」ドゥルーズになった坂口恭平は切れた6弦の先を目に突き刺した。しかしそこに眼球は存在しなかった。あったのは、木漏れ日に佇む在りし日のニーチェの肖像だった。つまり、俺がニーチェになる以前のニーチェだ。俺がニーチェになる以前のニーチェには、物乞いと貴族の区別すらつかなかった。だからこそ俺はニーチェになったのだし、頭上すれすれを通過するジャンボジェット機の窓から手を振った恋人に手を振り返すために、坂口恭平ドゥルーズになった。これは原因のようでいて、結果でもない。ただの態度だ。災いを偶然にも免れた人生を、どのように生きていくのかという態度でしかない。「そろそろ山を下りようかと思っているんだ」365回の朝焼けと、366回の夕焼けをやり過ごした後に、ニーチェだった俺はツァラトゥストラがこのように言うのを聞いた。まだ言わなかった彼が、このように言ったのだ。「お前は“けもの”じゃない。機械だよ」ドゥルーズになった坂口恭平は吐き捨てるように呟いた。ツァラトゥストラが山を下りることに彼は反対だった。「機械になること。筋肉を凍りつかせ、骨を無機物にすること。脳みその伝達回路を全て焼き切ること。爪を岩でなく金属にすること。性器はドリル状のなにか、排泄口からは油しか垂らしてはいけないこと。コミュニケーションを定型化すること。笑顔でいること。不機嫌でいること。それらは両立できるのだということ。皮膚をプラスチックにすること。乳首をボタンにすること。へそをコンセントプラグにすること。耳に音楽を聴かせ、音のパターンを蓄積し、分析し、それらを、何にも活かさないこと。鼻をなくすこと。あらゆるにおいを無効化すること」ニーチェになった俺がツァラトゥストラに言わせているこれらの台詞は全て福音書の一節として記録されていた。坂口恭平ベケットになった。誰かを待っている。大きな木の下で。誰を? わからない。誰を待っているのかわからない、しかし待つ理由はある。ベケットになった坂口恭平は通り過ぎていく人々が、その誰かではないことを知っていた。だから彼はそれを戯曲に書いた。待ち人と自身とが同一化していく中で、彼は分裂した。分裂することができるならば、肉体は必要ないのだとニーチェだった俺はペンの先でわら半紙に書き記す。「私は肉体であり、魂である」肉体を軽蔑するものについて、彼らは話し合っている。その話合いは1世紀の間途切れることなく続いた。そして今、答えらしい答えが出ないままツァラトゥストラは山から下りようとしている。ニーチェだった俺が、ニーチェであることをやめる時、それはすなわちケストナーになる。ケストナーになった俺はまだ1冊も本を書いたことがなかった。その時点では。しかしこれからも書き上げる予定はない。書く予定があると言って人々を騙し、はした金をせしめている。これは犯罪だ。ケストナーになった俺は犯罪者になりたくないと思う。だから書こうとする。しかし1行も書けない。これは病気かもしれない。1冊も書いたことのないケストナーケストナーであるはずがないと俺は独り言を呟いた。千のプラトー第10章を書き上げた後、ドゥルーズからベケットになった坂口恭平はおもむろにギターを持ち上げると、それを思い切り振り下ろした。恐ろしい不協和音が鳴り響いてギターが壊れた。坂口恭平はジョイスになった。ジョイスになった坂口恭平から顔が消えた。目、鼻、口、耳があるにもかかわらずそれは顔ではなかった。「口がないから話すことができない。だから俺は書くしかないんだ」顔のないジョイスになった坂口恭平は存在しない口で話した。ケストナーになった俺はそれを聞いていながら無視した。ケストナーになった俺は本を書き上げる必要があった。まだ1冊も書いたことのないケストナーから、1冊書いたことのあるケストナーへ変貌を遂げようというのだ。ケストナーになった俺は山の上で強烈な朝日を浴びながら、わずか5分の間に最初の1冊を書き上げた。完成してしまうと急に気が抜けて、ケストナーであったはずの俺はみるみるうちにウィトゲンシュタインの体組成へと細胞分裂した。「語り得ないものについてこそ語れ」。ジョイスになった坂口恭平は呆れ返ってものも言えない。かつてケストナーだった俺が5分もの時間をかけて1冊の本を書き上げる間、ジョイスになった顔のない坂口恭平フィネガンズ・ウェイクのバージョン違いを3パターン書き上げ、編集者との最終打ち合わせ段階に入っていた。ギターが壊れた。顔は失われた。いったい何を書くというのだ。ウィトゲンシュタインになった俺はちらりと彼の著作を覗き込んだ。するとあまりの眩しさに目が潰れてしまった。盲になったウィトゲンシュタインである俺は、山を下りることができなくなった。しかしニーチェだった俺が山を下りようとすることは前日から予測されていたはずだった。「俺は空間を作る。お前は何を作るんだ?」ジョイスになった坂口恭平は再びドゥルーズになった。「俺は塔を建てる。バカでかい塔を」ウィトゲンシュタインとしての肉体が溶け、思考だけになった俺はまさしくニーチェそのものだった。ドゥルーズになった坂口恭平は都市にも国家にも真っ向から「去れ」と戒める。ニーチェになった俺は溺れ死ぬことができる海を前にして予言者を殺した。「人間であること。しかし、それにもましてけものであること。けものになること」とドゥルーズになった坂口恭平は言った。「予言しないこと。予め、言わないこと。全ての言葉はその場で解体すること」とニーチェだった俺は言った。「音楽のように」坂口恭平は言った。「音楽のように」俺は言った。ドゥルーズになった坂口恭平は、真っ赤な夕焼けで血のように染まった山肌を這いずり回るトカゲの頭を切り落とし、そこに意味を見出さなかった。そして壊れたギターの切れた6弦で、ニーチェになった俺の心臓を突き刺した。ニーチェになった俺は即死した。ドゥルーズになった坂口恭平は存在しない顔で、見えない目で利かない鼻で聞けない耳で、山を下り始めた。死体となったニーチェたる俺は山頂で腐乱した肉をハゲタカについばまれた。内臓を引きちぎられる様は音楽だった。消え失せた精神は金属だった。肉体をなくしたニーチェは満足だった。