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ランダムワードライティング

3つの単語 短い話

セレモニー 円周率 オーロラ

 セレモニーの招待状が届き、明くる日、私は正装で会場へと向かった。セレモニーは都心にある高層ビルの大ホールで行なわれる予定だった。人身事故によって電車が遅れ、私は開始時間ぎりぎりに到着した。受付には同じ顔をした女が2人座っていて、同じ動作を繰り返していた。つまり、唇を指先で撫でて、性行為のイメージを喚起するための動作だ。私は招待状を受付に提出した。同じ顔をした2人の女は同時にそれを受け取り、2人で両端を掴んで引っ張りあった。招待状は音を立てて破れた。「身分証明証はお持ちですか?」1人の女が聞いた。「セレモニーに身分証明証が必要なのですか?」私は尋ねた。女は質問に答えなかった。もう一方の女が唇を開き、歯茎をむき出しにしながら服を脱ぎ始めた。私は慌てて会場の中へ入った。背後から声が聞こえたが、無視した。セレモニー会場は多くの人で埋め尽くされていた。金屏風で華やかに彩られた壇上には大きなゴチック文字で「セレモニー」とだけ記された看板が掲げられていた。私はセレモニーに招待されたが、それが何のためのセレモニーなのか知らされていなかった。ボーイが近付いてきて、盆に載せたカクテルを勧めてきた。私はエメラルド色をしたカクテルをもらった。一口飲んだが、カクテルには味がなかった。それは液体ですらなかったのだ。私は架空のカクテルを飲みながら、セレモニーが始まるのを待った。周囲の人々は楽しげに会話をしながら、時々笑いあっていた。私は知り合いがいないものかと周りを見渡してみたが、1人も見つからなかった。時計を見た。開始時刻を15分ほど過ぎていた。私はテーブルの上のクラッカーを手に取り、食べた。ところがそれはクラッカーではなくクラッカーのふりをした構造主義だった。構造主義を食べたところで腹が満たされるわけがなかった。私は次第に苛立ちを募らせた。話し相手がほしかった。周りを見回した。壁にもたれながら手持ち無沙汰な様子で壇上を眺めている女がいた。私は近付いて、話しかけた。「少し開始が遅れているようですね」女はにこっと愛想のいい笑みを浮かべ、頷いた。「2165783621635854324635」女は答えた。「なんですか、それは?」私は困惑した。女はきょとんとした顔で首をかしげ、噛んで含めるようにゆっくりと続けた。「51325658652545555562587482134」結局のところそれは、円周率の一部だった。私は会話を諦めて、再びテーブルのそばに戻った。注意深く聞き耳を立ててみると、驚くべきことに、周りの人間はみな円周率の一部を暗唱していた。真面目な顔で討論をしているように見える人も、冗談を言い合う人も、みな円周率を口にしているのだ。私は愕然とした。私だけが異なった言語を話しているようだった。急に激しい孤独を感じた。仲間はずれにされているような気分だった。私は試しに、学生時代に暗記させられた円周率を諳んじてみた。「3.1415926……」すると突然、会場中の全ての人間が話すのを止め、一斉に私の方を見た。会場がしんと静まり返った。私はぎょっとした。「違うんです。試しに言ってみただけで、そういうことでは……」言い訳めいたことを慌ててつぶやくと、人々はほっとしたように私から目線を外し、再び話し始めた。会場は元通りの喧騒に包まれた。それから間もなく、照明が消えた。音楽がかかり、壇上にスポットライトの光が当てられる。みなが一斉に拍手をした。私も一生懸命手を叩いた。派手な衣装を身にまとった中年の男が壇上に現れた。会場のボルテージは最高潮に達した。男は用意されたマイクの前で、話し始めた。厳密に言うと、男は話していなかったし、彼が発したのは言語ではなかった。おそらく、男はマイクを通して、星々のイメージ、オーロラの揺らめき、太陽の灼熱を視覚ではなく聴覚を用いて人々に伝えているのだった。それは言語でもなくメロディでもなく、ましてやノイズや音波でもなかった。しかし会場にいる全員が、男の発したものの効果によって壮大な宇宙旅行を疑似体験したことは厳然たる事実だった。セレモニーは大盛況のうちに終わった。私は見知らぬ人々と、それがいかに素晴らしいものだったか感想を言い合った。会場を出ると、受付の女が3人に増えていた。そのうちの1人は別れた元妻だった。元妻は私を見つけると気まずそうな顔で言った。「あなたも来ていたのね」私は頷いて、妻に答えた。「94655356772」