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3つの単語 短い話

原産地 仲直り クジラ

 コーヒー豆を買う時、あなたはいつも原産地がどこであるかを気にして、グアテマラ産のもので、かつ、標高の高い場所のものしか買わない妙なこだわりのあるところ、はじめのうちはある意味かわいいとも思えたのだけれど、だんだんと付き合いが長くなるにつれて、私はそういうあなたの神経症的な完璧主義に我慢ができなくなってきたこと、あなたは気がついていないかもしれないけど、でも、その神経質な性格を私にまで押し付けてくる、執拗に、何度も何度も押し付けてくるところ、例えば、洗濯物を干す時にワイシャツに皺がよらないようにはたいてからハンガーに掛けることがこの世で唯一の、最善のワイシャツの干し方であって、その他のやり方は絶対に許さないし、その他のやり方で(例えば私のように適当に、乾きさえすればいいというやり方で)干す人間は知能の低い原始人だなんてひどい喩えで私のことを罵った日、私は絶対に忘れはしないし、そう、あなたは元々職場の先輩で、とても仕事ができて人望もあって、それはそれはかっこよく見えたし、時折失敗をした時に見せるはにかんだ笑顔なんかは可愛くてしょうがなくて、付き合い始めてもその憧れに似た恋心は継続して高まる一方で、たまに喧嘩になったとしてもすぐに謝ってくれて仲直りもできたこと、何の問題もなく交際を続けられたこと、今思えば、せいぜい週に2、3回、短時間会っていた程度の関係性だったおかげなのか、あなたの本性が見えてなかっただけで、見えたとしてもほんのちょっと氷山の一角がちらついただけで、確かに、その氷山の一角で気がつけなかった私が悪いとも言えるのだけれど(あなたは必ずそう言うでしょうね)、さすがに何もかも完璧な人間などこの世にいるはずがないし、誰しも少しくらいは欠点があるもので、まさか、それがこんな形で顕在化して、狂気の言葉が凶器となって、私をボロボロになるまで傷つけることになるなんてまったくの想定外だったけれど、今さら嘆いても時すでに遅く、狭い家庭の中、二人きりでいれば理屈屋のあなたに口喧嘩で勝てるはずがなくて、あなたの意見は「正しいけれど間違っている」、私はそう言ってやりたいのに言えなくて、泣くだけ泣いて寝室に引きこもるとあなたは勝ち誇ったように捨て台詞を吐いてバスルームに向かう、その背中を今日こそは追いかけていって、私は、台所から包丁を持ち出してあなたの心臓を背後からめった刺しにしてやると、あなたは床に倒れ込んで動かなくなり、傷口からはクジラが潮を吹くように血が噴き出して、実在の凶器を用いてあなたから言葉の凶器を奪い取ることができた私は、ようやく、あなたの呪縛から解放された。