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3つの単語 短い話

美術館 ポップコーン 薄化粧

 内戦中、美術館は仮設の病院兼宿泊所として使われた。傷ついた人々は壁に掛けられた抽象画に囲まれながら治療を受け、夜になると荘厳な近代彫刻の下で眠りについた。真っ白な壁と、高すぎる天井。非政府組織から派遣されてきた医者が、小さな少年の胸に聴診器を当てる。少年が症状を申告した。その声は何倍にも増幅されて部屋の中に響き渡った。建物は迷路のように入り組んでいて、似たような構造の部屋と廊下が続くので注意深く進まなければすぐに出口がわからなくなってしまう。日に日に患者の数が増えていった。完治した者から退院していったが、戦況が激しくなるにつれて入れ替わりのペースが追いつかなくなり病床の数は慢性的に不足した。ある日、国連の視察団が病院兼宿泊所の美術館を訪れた。包帯を巻き、痛々しい傷口を露わにする市民たちの姿を見て、視察団のリーダーである平和維持活動局のリシャール副局長は「非常に痛ましく、目を覆いたくなる現状だ。引き続き軍部及び反政府軍の双方に即時停戦を求めていく」と通り一遍のコメントを残した。リシャール副局長は内戦で傷ついた子どもたちのために、土産としてダンボール10箱分の菓子を持ち込んだ。子どもたちは狂喜乱舞した。ビニルの包み紙を開けて、チョコレートやクッキーやポップコーンを次々に口の中に放り込んでいく子どもたちを眺めながら、リシャール副局長は満足げな笑みを浮かべた。1人の子どもが彼女の下に駆け寄ってきた。副局長は子どもの頭を撫でた。「おいしい?」子どもは頷いた。「怪我の具合はどう?」子どもは右腕に包帯を巻いていた。「まあまあかな」はにかんだ表情で子どもは答えた。それから恥ずかしくなったのか、急にそっぽを向いて子どもたちの輪の中に戻っていった。美術館の中にいると、内戦ははるか遠くの出来事であるかのような錯覚を覚えた。そこは静かで、清潔で、時間がゆっくりと流れているような感覚があった。しかし時折建物の上空すぐ近くを飛んでいく戦闘機の爆音や、急患として運ばれてくる重傷の一般市民によって現実に引き戻された。長引く内戦があらゆる人間を不幸にさせていた。だがそれは長引けば長引くほど、止めることが難しくなっていった。その日の夜、視察団は首都のホテルに戻って本部に状況を報告した。リシャール副局長がロビーで1人資料を整理していると、現地の翻訳コーディネーターであるアミーナが隣の椅子に座った。「今日はありがとう」副局長が言うと、アミーナは微笑み、それから少しだけ影のある表情を見せた。「私の姉は内戦によって命を落としました」彼女は視線を足元に落とした。まつ毛がかすかに震えた。薄化粧の肌が青ざめたように見えた。「ほんの2か月前のことです。姉は美術大学を卒業後にスペインへ留学して、写真を学びました。何年もかかってようやく、初めて公に作品を発表する機会を得ました。そうです。先ほどの美術館に、姉の作品が飾られています」リシャール副局長は驚いて、息を呑んだ。アミーナは続けた。「お願いです。戦争を止めてください。このままでは、誰も幸せになれません」リシャール副局長は、あなたの願いが必ず実現するよう全力を尽くすつもりだ、といかにも事務方らしく答えた。2人は握手をして別れた。リシャール副局長は書類整理の手を止めて、しばらく考え事にふけった。昼間聞いた、子どもたちの無邪気な笑い声を思い出した。真夜中近くになって、副局長はロビーのテーブルを立ち、自分の部屋に戻った。エレベーターで上階に向かう間、ふと、太ももに目をやるとチョコレートの破片が付いていた。美術館で駆け寄ってきた子どもの手についていたものだった。副局長はそれを指先で拭い、それから、ゆっくりと目を閉じた。