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ランダムワードライティング

3つの単語 短い話

時刻表 電波 セントバーナード

 バス停でバスを待つ間、ふと時刻表に目をやると行き先が1つ増えていた。カンタベリー大学経由、クライストチャーチ国際空港行き、それがこのバス路線の唯一の行き先であるはずだった。僕は待合のベンチから立ち上がって、時刻表に近付いた。新たなる目的地には、「見捨てられた街」とだけ記されていた。16時22分発、1日に1本だけ運行している。僕は腕時計を確認した。16時17分だった。僕が乗車する予定のバスは、16時25分に出発予定だった。「見捨てられた街」行きのバスの方が早く着く。僕は待合のベンチに戻り、腰を下ろした。隣にはいつの間にか老婦人が1人座っていた。老婦人は熱心に雑誌を読んでいた。どんなジャンルの雑誌だったのか、今となっては思い出すこともできない。「バスの行き先が増えたようですね」僕が話しかけると、老婦人は怪訝な顔をして肩をすくめた。「なんのこと?」「『見捨てられた街』って、どんなところだろう。不思議な感じがしますね」老婦人の表情がさらに険しくなった。「あなた、知らないの?」「何がです?」「この地方に住んでいる人間で知らない者がいるはずないわ」「僕は生まれも育ちもクライストチャーチですよ」「そんな馬鹿な」老婦人は唖然とした顔でしばらく僕のことを見つめていた。僕が何も答えないでいると、老婦人は再び雑誌に目を落として、それ以降何も話さなくなった。息すらしていないように見えた。僕は腕時計を確認した。16時21分だった。教会の建物の陰から、バスが左折してくるのが遠くの方で見えた。「あなたは『見捨てられた街』に行ったことがあるんですか?」近付いてくるバスを目で追いながら、老婦人に尋ねた。しかし返事がない。隣を見ると、彼女はもうそこにいなかった。バスがバス停に到着した。行き先を示す電光掲示板には、「見捨てられた街」と表示されていた。僕はそのバスに乗った。どちらにせよ、大した用事ではなかったのだ。宛もなくバスに揺られるのも悪くない。「見捨てられた街」行きのバスの乗客は僕1人だけだった。運転手はちらりと僕の姿を一瞥したきり、運転に集中した。僕は後方の席に座り、窓の外の景色を眺めた。冬が始まりかけていた。ガラス窓が微かに白く曇っている。車内は暖房が効きすぎていた。僕は手袋を外した。しばらくすると強烈な眠気が襲ってきた。僕は深い眠りに落ちた。短い夢を見たが、内容は忘れてしまった。目が覚めるとそこはもう、「見捨てられた街」だった。運転手が終点を告げた。運賃を支払い、外に出た。一歩足を踏み入れた瞬間、バス停の老婦人が言っていたことを、僕はすべて理解した。そこはまさしく、「見捨てられた街」であり、「見捨てられた街」以外の何ものでもなかった。街には人々が暮らしていた。何の変哲もない街だった。都市としての機能に問題はなく、辺鄙な田舎町というわけでもない。携帯電話の電波もしっかりと入る。でもそこは「見捨てられた街」だった。僕はそのことをひどく悲しんだ。やがてその感情は怒りに変わり、それから、徐々に諦めへと移ろっていった。街の入口でボール遊びをしていた少女が駆け寄ってきた。飼い犬のセントバーナードが後ろからついてくる。「ようこそ、『見捨てられた街』へ」少女が僕の手を握った。僕は頷いて、彼女と一緒に「見捨てられた街」に入っていった。僕はこれから、この「見捨てられた街」で暮らすことになるのだ。そして一生、この街を出ることはない。それは初めから決まっていたことのように思えた。セントバーナードが僕の手首に鼻を近づけて、においを嗅いだ。頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振った。「あなたはこれから『見捨てられた住人』になるわけだけど、本当にそれでいいの?」少女が尋ねた。「初めからこうなるべきだったんだ」僕は答えた。少女は表情のない目で僕の顔を見た。「まずはあそこで住民登録をするの」少女が前方を指差した。その先には、雲まで突き抜けるほど高い、「見捨てられた塔」がそびえ立っていた。