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3つの単語 短い話

辞書 テント 冷蔵庫

 びりびり、ぽい。びりびり、ぽい。川上から川下へと流れていく破られたページを、私はただぼうっと眺めていた。辞書の薄い紙は驚くほど簡単に破れた。川の水に浸すと薄い紙は半透明になって、光り輝く水面の下で文字列が波を打った。「慟哭」を含んだページが流れていった。「カムチャツカ」を含んだページが流れていった。「百舌鳥」を含んだページが流れていった。川べりは静かだった。なだらかな山道を少し登るだけで、途端にひと気が途絶える。鳥の声が時々聞こえた。木の枝ががさがさと揺れる時、それは風が通り抜ける合図になった。「塩」と「水」と「青」がそれぞれ含まれたページが流れていって、三角州でふた手に分かれ、いずれ合流する地点がすなわち「海」となる。私は夢中になってページを破った。そしてそれを流した。いつまで経っても飽きなかった。やがて日が暮れて、夜になった。私はそれを止めなかった。もはや文字は見えず、川の水は墨汁のように黒かった。ページを破る乾いた音と、水のせせらぎだけが世界のすべてであるように感じられる夜、その優雅な流れをせき止める足音が聞こえた。「びっくりした。熊かと思った」振り返ると、ランタンを手にした若い男が立っていた。「こんなところで何をやってるんですか。あ、もしかして、幽霊の人ですか……?」男にそう聞かれて、私は思わず笑ってしまった。男もつられて笑った。わけもなく、ただ1人になりたかったんです。そう答えると男はそれ以上詳しく聞いてこなかった。私は男と川べりでしばらく話し込んだ。男は1人でキャンプをしている最中だった。それから、31歳の会社員であること、山形県の出身であること、趣味はアウトドアで特に釣りとキャンプが好きなこと、そして、7日前に妻が亡くなったことなどを話してくれた。私は辞書の紙を破りながら、それらを聞いた。「あなたと一緒です。1人になりたかったんですよ、僕も」ランタンに照らされた男の顔はげっそりと痩せていた。それは骸骨を思わせた。「よかったら、テントで一緒に朝を待ちませんか? もう夜も遅いし、山を下るのは危険ですよ」男が提案した。私は同意した。その夜、私たちはテントの中でセックスをした。ほとんど物音を立てない、静かなセックスだった。行為が終わって眠りにつくまでの間、男は私に背を向けて横になりながら、声を出さずに泣いていた。私は木々のざわめきに耳を済ませていた。翌朝、別れ際に男がプレゼントだと言って、小さな白い破片のようなものをくれた。私は辞書のページを1枚破って、男に渡した。「お互い、ふとした瞬間に思い出せるように」男は笑って、手を振った。家に帰り着くと、私は古代魚の歯の化石のように見える白い破片を冷蔵庫の奥の方にしまった。今でも時々、古くなった食材を処分しようとして中を覗き込むと、芯まで冷たくなった白い破片が目に入る。私はそのたびに、あの、あまりにも静かで悲しいセックスのことを思い出すのだ。