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ランダムワードライティング

3つの単語 短い話

2番目 粗大ゴミ 子守唄

 ガラスケースの向こうには工芸品のように美しいケーキが並んでいた。僕は左から2番目にあったいちじくのタルトを2つ注文した。店員が微笑んだ。僕が誰のためにケーキを買うのか、彼女は了解していた。だから笑うのだ。僕は顔が真っ赤になった。「うまくいくといいですね」会計を済ませた僕に、店員が声を掛けた。僕は黙って頷いた。洋菓子店から出ると、外は雨だった。僕は傘をささなかった。不思議と雨に濡れることはなかった。駅からすぐの繁華街へ向かった。夜の始まりが色とりどりのネオンによって示唆されていた。人々は迷いのない足取りで目的地へと向かっている。あまりにも多くの人たちが通りを埋め尽くしていた。誰も会話をしていなかった。聾者にでもなった気分だ。4つ目の角を曲がって、狭い路地に入った。暗い路地を進んでいくと、「粗大ゴミ商店」が現れた。僕は店に入った。店主はレジカウンターで帳簿をつけている最中だった。「誰かと思えば、あんたか」普段はめったに客なんて来ないのだ。店内には粗大ゴミが所狭しと積み上げられている。そのどれもが壊れ、色褪せていて、使い物にならない代物ばかりだった。「調子はどうですか?」店主は睨みつけるような視線で僕の顔を見上げた。「儲かっているように見えるかい?」僕は口をつぐんだ。粗大ゴミを盗んできて、それを破格で売った。店主には2度の逮捕歴があった。公的な許可を得ずに金を儲けようとすると、そういうことになる。そのたびに各地を転々として、数年前、この街にたどり着いた。「これ、よかったらどうぞ」僕は買ってきたケーキの箱を差し出した。店主は怪訝な顔をしてそれを受け取った。「どういう風の吹き回しだ」店主は吐き捨てるように言った。彼もある程度覚悟はしていたのだろう。その表情には諦めにも似た濃い疲労の色がうかがわれた。「1つはあなたのために。もう1つは、彼女のために」僕はレジカウンターの奥で眠る彼女を指差した。店主の顔が曇った。「俺の娘を、ケーキ1つでもらっていこうって言うのか」僕は頷いた。僕はもう随分前から彼女に恋をしていた。店主もそのことには気付いていた。彼女が目を覚ました。大きなあくびをして、気持ちよさそうに背を伸ばした。「本当にいいのか?」店主が彼女に問いかけた。彼女は透き通るような藍色の瞳で見つめ返した。それ以上言葉はいらなかった。「勝手にしろ」店主は無愛想に言って、帳簿の記入を再開した。僕はカウンターを飛び越えてきた彼女を胸に抱きかかえた。鋭い爪が僕のセーターの縫い目に突き刺さった。「たまには顔を見せに来ますよ」「当たり前だ」「何か言い残したことは?」店主は真っ白なあご髭をこすりながら、彼女の美しい瞳と無言の対話を繰り返した。「寝付きが悪い時は、子守唄を歌ってやれ」外に出ると雨は止んでいた。人々は声を取り戻していた。絶え間なく交わされる会話、服のこすれる音、電光掲示板に流れる意味をなさない文字の列。僕は彼女にだけ聞こえるように、小さな声で子守唄を歌った。彼女は僕の胸の中で静かに寝息を立てていた。