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ランダムワードライティング

3つの単語 短い話

人の記憶から漏れてしまった景色の集積

 

 

ドライヤー お皿洗いの 最中に 聞き取れなかった あなたの言葉

 

ceroのVocalである髙城晶平さんは新曲『街の報せ』のミュージックビデオについて、Twitterで以下のようにコメントした。

 

 

すごくいい曲だし、いいビデオだ。

 

「もし」「仮に」 「例えば」ばかり 聞き飽きた 向かいのホーム 彼女はいない

 

景色をどのように切り取るのか、という問題が目の前に立ちはだかった時、それが過剰にドラマチックである必要はないのだとそれらは教えてくれる。例えば『街の報せ』のビデオであり、例えば詠み人知らずの短歌であり、あるいは、レイモンド・カーヴァーの短編作品でもある。

 

なんだっけ 記憶の底に こびりつく 良くも悪くも なかった想い

 

延々と脈々と続いてきた時間の中に定点としての自分がおり、そこからまた永遠と諤々と続いていく時間の端に景色がある。どの地点に向けて目を向けるのか、虹彩を開くのか? 僕はいま光の捉え方について話している。とてもそのようには聞こえないだろうが、たしかにそう確信している。

 

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さっき雷すごかった。雨雲は通り過ぎた。

君からの 電話で起きる 澄んだ声 さっき雷 すごかったよね 

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短歌というのはつまり音のダンスだ。ビートだ。しかし居合いでもある。セックスでもあるし、デモでもある。

デモでもさ ビートでもいい 君だけは セックスそして ダンスを踊れ

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ブーメラン 渓谷 マクドナルド

 君が河川敷で投げたブーメランは3年後に戻ってきた。金持ちの叔父さんがオーストラリアで買ってきた、アボリジニのブーメラン。僕もそばで見ていた。君が思い切り投げると、ブーメランはぐんぐん速度を上げて、でもいつまでも曲がる気配がなくてそのままどんどん高度を上げて、空を飛ぶ鳥よりも高く、いつの間にか雲の隙間に隠れて見えなくなった。僕たちは不思議に思ったけど、特にそれ以上深くは追及しなかった。ブーメランはそのまま速度を上げ続けて、やがて光の速さを超えた。ブーメランは物質から現象へと変質した。アボリジニ作、カンガルーの彫られたブーメランは大気圏を通過する際に燃え尽きた。しかしブーメランがブーメランであることを止めなかったのは、それが持ち主のもとへ戻ることを存在意義の根幹としていたからだった。燃え尽きたブーメランは物質としてではなく観念として、宇宙空間で大きな弧を描いた。それは惑星ソラリスの軌道と一時重なり合い、衝突の危険性があったがすんでのところで回避された。ブーメランは冥王星の重力圏に最接近したあと、地球に戻るため引き返し始めた。速度はどんどん上がっていき、火星と木星の間をわずか1秒間で通過していった。3年後、君は物質としてではなく思想としてのブーメランを受け取った。3年前に河川敷で投げたことなどすっかり忘れていた君は、突如として形のない、思想としてのブーメランを受け取って心底驚いただろう。君は結局のところ、3年前に死んだも同然だった。あんな硬くて重いブーメランなんて投げるべきじゃなかったんだ。それは誰をも傷つけなかった。しかし思わぬ形で君自身を変えることになった。君はこの平和な国で、自然豊かな渓谷で、牧歌的な羊飼いとして一生を終えることになるはずだった。ブーメランが戻ってくる前は。あれから、君は変わってしまった。婚約者を捨て、羊たちを皆殺しにし、納屋を燃やし、政府に宣戦布告した。形なきブーメランが君の胸に刺さった。君は色のない血を流した。心ない罵声を浴びせられても、君は活動を止めなかった。昨日の夜、君が政府軍に拘束されたとの一報が舞い込んできた。政府軍がいかに血も涙もない連中であるかということは、この国の歴史が証明している。歴史は地続きとなって、現代から未来へと暗い影を落としていた。急がねば、君は政府軍の惨たらしい拷問によって殺されてしまう。僕は君を助けに行く。たった1人で。作戦は? ない。武器は? ある。20年前、マクドナルドのハッピーセット、おまけでついてきたグリマスのおもちゃで僕は戦うつもりだ。紫色で気味が悪いグリマス、しかしこれは物質としての武器だ。僕は誰の血も見たくない。でも戦いに武器は必要だ。だからマクドナルドのハッピーセット。理に適っている。君も賛同してくれるはずだ。無事助け出すことができたなら、僕たちは2人でマクドナルドに行く。今となってはもう、ドナルドも、グリマスも、ハンバーグラーも、いない。僕たちは1つのポテトを2人で分け合いながら、思い出話に花を咲かせる。待っていてくれ、もう少しで行くから。ブーメランは、僕の胸にも刺さっていたのだから。

天気予報 主語 コップ

 天気予報が大雪を報じていた。その日の朝に彼は生まれた。彼は大声で泣いた。赤ん坊は泣くのが務めであると彼の祖母は大いに喜んだ。彼はいつまで経っても目を開けなかった。彼は生まれつき目が見えなかった。そのことで何か苦労したかといえば、周囲の人間が思っているほどでもなかった。彼は目が見えなかったが、その代わりに、これから起こるすべての出来事を知っていた。彼はそのことに3歳で気づき、それ以降、目が見えないことを逆手に取って悪事を働いた。目が見えない者が未来を予知する能力を駆使して悪事を働こうとするなど、思ってもみないことだった。だから彼の悪事は露見しなかった。あらゆる悪事は、罪のない人々に濡れ衣を着せることで逃げおおせ、その利益を彼は思う存分享受した。彼の犯罪には主語がなかった。彼自身を含めた犯罪にまつわる主部は仮装の中に隠蔽され、壊された述部だけが結果として残り、それが人々の利益を損なった。彼はこれから起こるすべての出来事を知っていたから、誰とも心を通わせることができず、誰のことも好きになれなかった。それは一種の悲劇だった。目が見えないことそのものよりも、その代わりに与えられた能力によって、彼は幸せから程遠い場所で、一人、孤独だった。彼の母親は、彼がこれから起こるすべての出来事を知っていることを、知らなかった。父親も、兄弟も、後に生まれることになる彼の息子も知らなかった。彼は次々に犯罪を起こした。大きなものから小さなものまで含めると、彼の行ないだけで1つの国が消し飛ぶほどの悪事が積み重ねられた。やがてそれは地球規模にまで膨れ上がり、最終的に惑星を破滅に追いやったが、最後まで人々はそれが彼によるものだということに気付かなかった。惑星が破滅した後、何が起こるか彼は知っていた。これから起こるすべての出来事を知っている彼が、燃えつくされた森林を、汚染された土壌を、枯渇した河川を、人々の手から奪い取ったのだとしたら、彼にとってそれにまさる喜びはなかった。彼以外の人間が一人残らず消え去った惑星で、種子は再び複製することを望んだ。新たに芽吹いた種子は続々と交配を重ね、1つの共同体を作り上げた。共同体には序列が生まれた。彼は創世者としてその頂点に君臨した。その時にはもう、目が見えないどころか耳も聞こえず、両腕は失われ、内臓は壊死していた。それでも彼は大雪の日に生まれた子どもとして凍てついた精神を永久に溶かすことなく、沈殿した思考をかき混ぜて撹拌させた。彼の思考が種子たちの行動原理となった。それは遺伝子に組み込まれた呪いとして抜群の機能性を誇った。時折生まれたバグは抹殺された。バグは反乱を起こそうとしたが、そもそもバグが起こることを彼は知っていたから、あらかじめ対処しておけば問題はなかった。積み木を崩す、パズルを埋める、はんこを押す、コップを揺らす、時計を止める、核爆弾を作る、テレビを背負う、煙草を開く、カーテンを漏らす、雨を乾かす、帽子をかばう、鉄を贖う、嘘を燃やす、これらは彼が犯した罪の一部分に過ぎない。しかしそれがすべてだという者もいた。意見は平行線を辿った。結論が出る前に、惑星の地核は崩壊し、宇宙の端まで種子は拡散した。宇宙には終わりがあった。酸素がない、光がない、宇宙の最北端で彼はようやく知らないことを見つけた。それがどのようなものだったか、今となっては彼自身も思い出すことができなかった。

坂口恭平がドゥルーズになった。かつて俺はニーチェだった。

 坂口恭平ドゥルーズになった。かつて俺はニーチェだった。これはかつてニーチェだった俺による、ツァラトゥストラ・エピソード・ゼロだ。体内が66%の水分で満たされていく間、山から下りて没落する以前のツァラトゥストラはこう言った。「まだ私はこのように言わない」。朝早く起きると、彼は山の上にいた。ニーチェだった俺が作り出した彼は、山の上で頭上すれすれをジャンボジェット機が通過していくのを見た。ドゥルーズになった坂口恭平は山肌を駆け回るトカゲとして前世までさかのぼった。昼が来て、夜が来る。強烈な夕日は彼の瞳に焼き付いてその後死ぬまで剥がれなかった。「私は知っている」とツァラトゥストラは言った。「なにを?」ドゥルーズになった坂口恭平が尋ねた。「私は予言者ではない。だから、予め言わない」これは嘘だ。ハッタリだ。まやかしだ。それにもかかわらずニーチェだった俺はそれを書き続ける。言語としてではなく、旋律として。ドゥルーズになった坂口恭平はそれを暴き続ける。これは音楽だ。ドゥルーズになった坂口恭平がギターを弾いて、ニーチェだった俺はツァラトゥストラの鼓膜を通じてそれを聴いている。6弦が切れた。6弦が切れることなど滅多にないが、それでも2弦が切れるよりは幾分マシかもしれない。CとDがあり、EがなくてFもなくてGもない、しかしAもBもある。「それで十分じゃないか。それ以上なにがいる?」ドゥルーズになった坂口恭平は弾き続けた。それは未だかつて誰も聴いたことのない、新しい音楽の体細胞を生み出した。彼らは山の頂上で朝日を迎え、夜を恐れ、昼に焼かれた。それを1年で延べ365回繰り返した。延べ、というくらいだから、同じ日が2度やってくることもあった。そういう時、彼らは災いを恐れて沈黙を選んだ。ニーチェだった俺はそれを文字によってではなく、動作によって表した。動作は筋肉と連動して、汗となり脂となり、そこにハエが寄ってくる。ハエの羽音は音楽だった。ニーチェになった俺はやはりその羽音の音楽を文字に変換することなく、動作によって移し換えた。「音楽のように聴こえるね」ドゥルーズになった坂口恭平は何もかもを見通した目で、千のプラトーを破壊する。ページの1枚1枚を涙で濡らして、文字を読めなくするのだ。それが彼の破壊であり、生きるための唯一の術でもあった。ここは赤土の土地で、山肌は緑に苔むしていた。いつの間にかツァラトゥストラの肌が、没落以前に苔で覆われていた。ニーチェになった俺の爪は赤土の岩だから剥がれやすい。キーボードを叩くたびに崩れ落ちる爪のかすを、山頂を旋廻するハゲタカが抜け目なく狙っていた。やがてハゲタカはニーチェだった俺の、もとい、没落以前のツァラトゥストラの目の玉を鋭いくちばしで貫くだろう。「見えないほうがいい。恐怖を感じなくて済むからね」「見えなくても朝焼けは朝焼けだ。夕焼けは夕焼けだ。それくらいの区別はつく」「好きにすればいい。俺は元々目が見えないんだから、どちらでもいいことだ」ドゥルーズになった坂口恭平は切れた6弦の先を目に突き刺した。しかしそこに眼球は存在しなかった。あったのは、木漏れ日に佇む在りし日のニーチェの肖像だった。つまり、俺がニーチェになる以前のニーチェだ。俺がニーチェになる以前のニーチェには、物乞いと貴族の区別すらつかなかった。だからこそ俺はニーチェになったのだし、頭上すれすれを通過するジャンボジェット機の窓から手を振った恋人に手を振り返すために、坂口恭平ドゥルーズになった。これは原因のようでいて、結果でもない。ただの態度だ。災いを偶然にも免れた人生を、どのように生きていくのかという態度でしかない。「そろそろ山を下りようかと思っているんだ」365回の朝焼けと、366回の夕焼けをやり過ごした後に、ニーチェだった俺はツァラトゥストラがこのように言うのを聞いた。まだ言わなかった彼が、このように言ったのだ。「お前は“けもの”じゃない。機械だよ」ドゥルーズになった坂口恭平は吐き捨てるように呟いた。ツァラトゥストラが山を下りることに彼は反対だった。「機械になること。筋肉を凍りつかせ、骨を無機物にすること。脳みその伝達回路を全て焼き切ること。爪を岩でなく金属にすること。性器はドリル状のなにか、排泄口からは油しか垂らしてはいけないこと。コミュニケーションを定型化すること。笑顔でいること。不機嫌でいること。それらは両立できるのだということ。皮膚をプラスチックにすること。乳首をボタンにすること。へそをコンセントプラグにすること。耳に音楽を聴かせ、音のパターンを蓄積し、分析し、それらを、何にも活かさないこと。鼻をなくすこと。あらゆるにおいを無効化すること」ニーチェになった俺がツァラトゥストラに言わせているこれらの台詞は全て福音書の一節として記録されていた。坂口恭平ベケットになった。誰かを待っている。大きな木の下で。誰を? わからない。誰を待っているのかわからない、しかし待つ理由はある。ベケットになった坂口恭平は通り過ぎていく人々が、その誰かではないことを知っていた。だから彼はそれを戯曲に書いた。待ち人と自身とが同一化していく中で、彼は分裂した。分裂することができるならば、肉体は必要ないのだとニーチェだった俺はペンの先でわら半紙に書き記す。「私は肉体であり、魂である」肉体を軽蔑するものについて、彼らは話し合っている。その話合いは1世紀の間途切れることなく続いた。そして今、答えらしい答えが出ないままツァラトゥストラは山から下りようとしている。ニーチェだった俺が、ニーチェであることをやめる時、それはすなわちケストナーになる。ケストナーになった俺はまだ1冊も本を書いたことがなかった。その時点では。しかしこれからも書き上げる予定はない。書く予定があると言って人々を騙し、はした金をせしめている。これは犯罪だ。ケストナーになった俺は犯罪者になりたくないと思う。だから書こうとする。しかし1行も書けない。これは病気かもしれない。1冊も書いたことのないケストナーケストナーであるはずがないと俺は独り言を呟いた。千のプラトー第10章を書き上げた後、ドゥルーズからベケットになった坂口恭平はおもむろにギターを持ち上げると、それを思い切り振り下ろした。恐ろしい不協和音が鳴り響いてギターが壊れた。坂口恭平はジョイスになった。ジョイスになった坂口恭平から顔が消えた。目、鼻、口、耳があるにもかかわらずそれは顔ではなかった。「口がないから話すことができない。だから俺は書くしかないんだ」顔のないジョイスになった坂口恭平は存在しない口で話した。ケストナーになった俺はそれを聞いていながら無視した。ケストナーになった俺は本を書き上げる必要があった。まだ1冊も書いたことのないケストナーから、1冊書いたことのあるケストナーへ変貌を遂げようというのだ。ケストナーになった俺は山の上で強烈な朝日を浴びながら、わずか5分の間に最初の1冊を書き上げた。完成してしまうと急に気が抜けて、ケストナーであったはずの俺はみるみるうちにウィトゲンシュタインの体組成へと細胞分裂した。「語り得ないものについてこそ語れ」。ジョイスになった坂口恭平は呆れ返ってものも言えない。かつてケストナーだった俺が5分もの時間をかけて1冊の本を書き上げる間、ジョイスになった顔のない坂口恭平フィネガンズ・ウェイクのバージョン違いを3パターン書き上げ、編集者との最終打ち合わせ段階に入っていた。ギターが壊れた。顔は失われた。いったい何を書くというのだ。ウィトゲンシュタインになった俺はちらりと彼の著作を覗き込んだ。するとあまりの眩しさに目が潰れてしまった。盲になったウィトゲンシュタインである俺は、山を下りることができなくなった。しかしニーチェだった俺が山を下りようとすることは前日から予測されていたはずだった。「俺は空間を作る。お前は何を作るんだ?」ジョイスになった坂口恭平は再びドゥルーズになった。「俺は塔を建てる。バカでかい塔を」ウィトゲンシュタインとしての肉体が溶け、思考だけになった俺はまさしくニーチェそのものだった。ドゥルーズになった坂口恭平は都市にも国家にも真っ向から「去れ」と戒める。ニーチェになった俺は溺れ死ぬことができる海を前にして予言者を殺した。「人間であること。しかし、それにもましてけものであること。けものになること」とドゥルーズになった坂口恭平は言った。「予言しないこと。予め、言わないこと。全ての言葉はその場で解体すること」とニーチェだった俺は言った。「音楽のように」坂口恭平は言った。「音楽のように」俺は言った。ドゥルーズになった坂口恭平は、真っ赤な夕焼けで血のように染まった山肌を這いずり回るトカゲの頭を切り落とし、そこに意味を見出さなかった。そして壊れたギターの切れた6弦で、ニーチェになった俺の心臓を突き刺した。ニーチェになった俺は即死した。ドゥルーズになった坂口恭平は存在しない顔で、見えない目で利かない鼻で聞けない耳で、山を下り始めた。死体となったニーチェたる俺は山頂で腐乱した肉をハゲタカについばまれた。内臓を引きちぎられる様は音楽だった。消え失せた精神は金属だった。肉体をなくしたニーチェは満足だった。

犯罪 軍隊 マジシャン

 この国に犯罪は存在しない。もちろん罪を犯す者はいる。人間に対する無誤謬を頑なに信じているのは無知で無能な運動家だけである。人間は自ずから過ちを内包している。まず、そこから始めなければ国家の統治など夢のまた夢だ。1つ例をあげよう。私が今まで粛清してきた延べ3万3,000人の民衆に、私は謝罪するべきか? 答えはノーだ。私は国家統治の大義のもとに、多くの罪のない人々を殺めてきた。同じ者を2度殺したこともある。彼らは一度殺した後、新たなる時代に、新たなる人格を伴って蘇った。私はそれを見逃さなかった。だから再び殺したのだ。今、この演説を聴いている国民及びジャーナリスト、革命家、時間旅行者、けもの、現代彫刻、ピエロ、足のない幽霊、生まれる前の受精卵、孤独死した老人、神、四つ目の一角獣、それら全ての者たちを私は2度殺すだろう。しかしながらこれは犯罪ではない。すなわち、逆に、あなた方が私を殺そうとしても、それもまた犯罪にはならないのである。他国なら反逆罪で捕らえられるはずの行為も、我が国では罪にすらならず、むしろそれが積極的に奨励されていることは先日公布された政令をお読みになればわかるはずだ。そして本日、私は議会の承認を得てある一連の法改正を行おうと考えている。それは、自国内で保持する軍隊を二分させ、紛争を起こし、勝利した部隊を総動員して他国へ攻め入り、世界戦争を起こすことを目的とした法規定になるだろう。これは国際法上の違法行為であるが、それ以前に我が国の最高規範である憲法の第1958条第1項においてこのように定められているのを見逃してはならない。読み上げてみよう。「国民は暴力と憎悪を基調とする世界戦争を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、世界規模の破滅を惹起させる手段として、永久にこれを求め続けなければならない」そして第2項には、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持する。国の交戦権は、これを認める」と掲げられているとおり、我が国はそもそものはじめから暴力国家として成立していることがわかる。そして我が国の領土においては、国際法及びあらゆる倫理規範よりもこの憲法の条文が上位に位置し、機能するのだということを我々は忘れてはならないのである。明日、これらに関する一連の改正法である「我が国及び国際社会の壊滅及び殲滅の推進に資するための暴力軍隊法の一部を改正する法律及び国際紛争に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する積極的侵略及び殺戮に関する法律の施行に伴う関係法律の整備に関する政令」が公布、施行される。これで私たちは戦争を行なうことが可能となる。繰り返すが、これは議会の承認を得、正規の手続きを経て行なわれるものである。私は独裁者ではない。民主的な選挙によって選ばれた議員による、これはれっきとした議会制民主主義の帰結である。この国に犯罪は存在しない。マジシャンが観客からコインを借りて、マジックでそれを消してしまう。もしコインを「本当に」消してしまったのなら、それは犯罪になる。しかしマジックにはタネがある。コインはマジシャンの袖の中に隠されている。だから、犯罪にならない。聴衆の皆様方においては、これらの政府方針にご理解ご協力の上、粛々と国民としての義務を果たしてほしいと考える次第である。以上、私の演説を終了する。

セレモニー 円周率 オーロラ

 セレモニーの招待状が届き、明くる日、私は正装で会場へと向かった。セレモニーは都心にある高層ビルの大ホールで行なわれる予定だった。人身事故によって電車が遅れ、私は開始時間ぎりぎりに到着した。受付には同じ顔をした女が2人座っていて、同じ動作を繰り返していた。つまり、唇を指先で撫でて、性行為のイメージを喚起するための動作だ。私は招待状を受付に提出した。同じ顔をした2人の女は同時にそれを受け取り、2人で両端を掴んで引っ張りあった。招待状は音を立てて破れた。「身分証明証はお持ちですか?」1人の女が聞いた。「セレモニーに身分証明証が必要なのですか?」私は尋ねた。女は質問に答えなかった。もう一方の女が唇を開き、歯茎をむき出しにしながら服を脱ぎ始めた。私は慌てて会場の中へ入った。背後から声が聞こえたが、無視した。セレモニー会場は多くの人で埋め尽くされていた。金屏風で華やかに彩られた壇上には大きなゴチック文字で「セレモニー」とだけ記された看板が掲げられていた。私はセレモニーに招待されたが、それが何のためのセレモニーなのか知らされていなかった。ボーイが近付いてきて、盆に載せたカクテルを勧めてきた。私はエメラルド色をしたカクテルをもらった。一口飲んだが、カクテルには味がなかった。それは液体ですらなかったのだ。私は架空のカクテルを飲みながら、セレモニーが始まるのを待った。周囲の人々は楽しげに会話をしながら、時々笑いあっていた。私は知り合いがいないものかと周りを見渡してみたが、1人も見つからなかった。時計を見た。開始時刻を15分ほど過ぎていた。私はテーブルの上のクラッカーを手に取り、食べた。ところがそれはクラッカーではなくクラッカーのふりをした構造主義だった。構造主義を食べたところで腹が満たされるわけがなかった。私は次第に苛立ちを募らせた。話し相手がほしかった。周りを見回した。壁にもたれながら手持ち無沙汰な様子で壇上を眺めている女がいた。私は近付いて、話しかけた。「少し開始が遅れているようですね」女はにこっと愛想のいい笑みを浮かべ、頷いた。「2165783621635854324635」女は答えた。「なんですか、それは?」私は困惑した。女はきょとんとした顔で首をかしげ、噛んで含めるようにゆっくりと続けた。「51325658652545555562587482134」結局のところそれは、円周率の一部だった。私は会話を諦めて、再びテーブルのそばに戻った。注意深く聞き耳を立ててみると、驚くべきことに、周りの人間はみな円周率の一部を暗唱していた。真面目な顔で討論をしているように見える人も、冗談を言い合う人も、みな円周率を口にしているのだ。私は愕然とした。私だけが異なった言語を話しているようだった。急に激しい孤独を感じた。仲間はずれにされているような気分だった。私は試しに、学生時代に暗記させられた円周率を諳んじてみた。「3.1415926……」すると突然、会場中の全ての人間が話すのを止め、一斉に私の方を見た。会場がしんと静まり返った。私はぎょっとした。「違うんです。試しに言ってみただけで、そういうことでは……」言い訳めいたことを慌ててつぶやくと、人々はほっとしたように私から目線を外し、再び話し始めた。会場は元通りの喧騒に包まれた。それから間もなく、照明が消えた。音楽がかかり、壇上にスポットライトの光が当てられる。みなが一斉に拍手をした。私も一生懸命手を叩いた。派手な衣装を身にまとった中年の男が壇上に現れた。会場のボルテージは最高潮に達した。男は用意されたマイクの前で、話し始めた。厳密に言うと、男は話していなかったし、彼が発したのは言語ではなかった。おそらく、男はマイクを通して、星々のイメージ、オーロラの揺らめき、太陽の灼熱を視覚ではなく聴覚を用いて人々に伝えているのだった。それは言語でもなくメロディでもなく、ましてやノイズや音波でもなかった。しかし会場にいる全員が、男の発したものの効果によって壮大な宇宙旅行を疑似体験したことは厳然たる事実だった。セレモニーは大盛況のうちに終わった。私は見知らぬ人々と、それがいかに素晴らしいものだったか感想を言い合った。会場を出ると、受付の女が3人に増えていた。そのうちの1人は別れた元妻だった。元妻は私を見つけると気まずそうな顔で言った。「あなたも来ていたのね」私は頷いて、妻に答えた。「94655356772」